庭の水仙が咲き始めました
^^
誰からも何の指示もない。
誰からも見てもらえないかもしれない。
でも、毎年同じように美しい花を咲かせています。
さて、親や友達があなたに言ってくることで、
「もう、うるさいな~(-_-;)」
っていうときがありませんか?
もっと言うと、
「どうして怒られなきゃいけないのよ。」
っていうとき。
誰にでも1度はある経験じゃないでしょうか。
今日は「周りは心配しているけれど、あなたが鬱陶しい(うっとうしい)な、と感じてしまうときに気づいてほしいこと」をお話します。
^^

こんな女性がいました。
その人は「他人が普通に出来ることが、自分には出来ない」とかたくなに信じていました。どうしてそんなふうに信じ込んでしまっているのか、理由はわかりません。本人にも心当たりはなく、子どもの頃の育てられ方だと思っていました。姉3人がいたので、何でもやってもらっていたからです。
結婚した相手は長男。責任感が強く、気が利いて、何でも先回りしてやってくれます。彼女はそんな夫に頼りっぱなしでした。面倒だと思うことは全部、夫がやってくれていました。
やがて年を重ね、夫が亡くなりました。
彼女は途方にくれました。
子どもが、夫の代わりに色々とやってくれました。
でも、子どもには子どもの生活があります。(子どもも大人ですからね)
子どもは彼女に言いました。
「母さんは、父さんの葬式、しっかり打ち合わせできただろう?」
息子の目から見た彼女は、頼りなく自分は何も出来ない、という女性ではなく「夫のために滞りなく式を終わらせる」とコミットメントした立派な大人の女性でした。

女性は息子に言われて気づきました。
「そうか、私にも出来ることがあるんだ。でも・・・」
年齢を重ねて、身体が言うことを聞かなくなってきた。
頭で思うようには体が動かない。
やらなければならないことがたくさんあるのに、思うようなスピードで出来ない。
他の人のように自分では出来ない。
こんな自分は、やっぱり駄目な人間だ。
しっかり者の自分は「本当の自分ではない」と思ったのでしょうか、女性は「何も出来ない自分」に戻りました。
やがて、息子がイライラするようになります。
自分で出来ることを息子にやってくれと言い続けるからです。
「誰かに聞いたら、自分で出来るだろう?」
「時間がかかってもいいじゃないか」
「早くしろって文句言う人はいないだろ?」
「このくらい一人で出来ないと困るよ?」
こんな会話がかわされるようになりました。
女性は
「やっぱり私は一人前に何もできない人間なんだ」
という思いをさらに強くしました。
そしてそれ以降、子どもに何か言われると「はいはい」と相手にしない、あるいは黙り込んで何も言わない、などコミュニケーションを避けるようになりました。
心の底では、
「どうして大変な私が怒られなきゃいけないの?」
そう思っていました・・・。

似たような経験、あなたにもありますか?
あるいは、似たような人を知っていますか?
^^
さて、あなたが彼女から相談を受けたとしたら、何と話しますか?
他人の状況はわかりやすいですよね。
思い込みが引き寄せの法則に従って、現実になることがよくわかるケースです。、
それに、年齢や性別に関係なく、起こり得ることではないでしょうか。
文章の中で、子どもが文句を言っているように思えるセリフ、
「誰かに聞いたら、自分で出来るだろう?」
「時間がかかってもいいじゃないか」
「早くしろって文句言う人はいないだろ?」
「このくらい一人で出来ないと困るよ?」
は、「母さんはこんなもんじゃない。時間がかかっても、自分で出来ることがたくさんあるじゃないか」とも取れます。文字にするとわかりにくいですけど、声のトーンとか言い方とか強弱によっては、息子さんが母親を励ましているようにも取れますよね?
どんなに相手があなたことを思って言ったとしても、一番大きな要因は「私は○○なんだ」という「思い込みの強さ」。
想像してみてください、もし、彼女がこの思い込みを持っていなかったら・・・?
何がどう、変わってくるでしょうか。
誰がどう、変わってくるでしょうか。
年齢や経験に関係なく、心や精神的に自立することは出来ます。
では、彼女は自立しないことで、どんな得することがあるでしょう?
・・・。
・・・。
・・・。
では、彼女は自立しないことで、どんな損をすることがあるでしょう?
・・・。
・・・。
・・・。
もし、あなたがこの母親のような体験をしているなら、実は、自分は責められているのではなく、「心配されている」=「心配される価値がある人間」なのだと見方を変えてみたら、どうなるでしょう?
^^
良かったら、この記事をお友達に教えてあげてくださいね。皆んなで広げよう、自分を大切に思う心♡